ひとはマトリョーシカ

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私は、ライター志望だった訳でもなく、初めはチャンスに乗った者だった。

ブログを開設しておいたら?から始まり、noteでただただ綴っており、そこから縁あって編集に出会い、なんてことない私のnoteを見た編集から、「ライターやってみる?」

会話時の文章能力ないし、支離滅裂になってるって言われたり、何が言いたいの?と言われることも多く、伝わるように・論理的に・簡潔に伝えることは皆無だと思っていたから、無理無理無理〜の一点張りだった。

自信、なかった。

チャンスは前髪しかない

つべこべいっている私に、編集の投げかけてくれた一言。 ↑

できるのか、できないのか。
未知の世界に飛び込むのは怖い!と思っていたけど、ダメでもともとと思って、一回チャレンジしてみることにした。

ちょうど、その相手は、ライターでない時、あるきっかけで話を聞き、この話している内容、書き残しておきたいなと思った方だった。たまたま編集とも知り合いで、取材の約束が果たせるという両軸が、マッチした時だった。

今思うと、一番初めの記事は、かなり手を入れて頂いたと思っている。。。
(ありがとうございます)

文章には、人が現れる

ライターと言えるの?と今でも自分自身に問いかける時もあるが、一生懸命にやった時間や記事は、確実にマイルストーンになっている。

話を聞き、書く。誰でもできそうなこと。
でも、「文章に人が現れるんだよ」と聞く。

読んでいて、確かに素敵だな〜と思ったりすること、ある。
取材対象もさることながら、書いている方の目線が感じられる時ってある。
(感じられてます?)

毎日保育士

保育士という資格=保育園勤務だけではないなと思ったことがある。
ベビーシッターもそうだけど、文章を書いている時に感じたこと。

それは、自分のベースに保育士があるんだろう

接客している時も、毎日顔を合わせる方とのちょっとした会話で、ふっと肩の力ぬけてくれたらいいなと思っていた時もあった。(自分に余裕ない時は、どうもこうはならないんだけど…)

インナーチャイルドとよく言われるけど、大人の皮を被った小さな子どもが、マトリョーシカみたいに、どの人にもいるよね?とか。

年齢も性別も関係なく、あなたと私に共通することは、

WE ARE SAME ・WE ARE PEPLE

・自分の目の前にいるということは、私もあなたも今、生きてるってこと
・今、興味あることは?

今日、この時を共有しあえることって、この二つがあるよね、と。

すると、0歳から120歳まで、何かしら、興味のあることがあると思っている。
不平不満も今を生きているから感じる感情。

楽しいことが必ずあると思っていたけど、今楽しめていないなって時も、人間ある。

常にポジティブを求められても、いやいや、ポジティブ大変よって時もある。

でも、興味があることや、こんなことあって楽しい・悲しい・寂しい・苦しい・コツコツ登っているところとか、生きてるからこそ共感し合えたり、へえそんなんだって知らないこと知れたりするから、生きてるって、かなりすごいことだなって思う。

今後も、前髪しかないチャンス、掴み損ねないようにしようと思う。
掴み損ねちゃった!と後悔することもある。後の祭りとは、このことか、、、と。

それでも、一歩一歩、歩いて行く。


世の中のライターさんも、皆様も、お疲れ様です。



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